2年生のHMです。来週には、最終学期に受講する科目を決めるという状況で、ついに卒業も近くなってきたな、ということで、日々やることに追われながらも少し感傷に浸ってしまう今日この頃です。

さて、今日はシカゴブースにおけるリーダーシップ教育の考え方について個人的に感じることをお伝えしたいと思います。一言でこの環境をまとめると、シカゴブースは「答えの無い『リーダーシップとは何か』という問いに対し、各自がもがき苦しみ経験しながら学ぶためのプロセスや思考の材料を提供する場」ということだと思います。これについて以下、3つの具体例をあげます。

一つ目は過去のブログでも触れられている、LEADについて。中身は別のブログ等を見て頂くとして、まとめると、これはすべてのカリキュラムの一番初めに全員が受けるプログラムですが、このプログラムを通じ、自分がどういったリーダーシップタイプなのか、チームの中でどのような役割が得意かというものを客観的に洞察し、今後2年間のプログラムにおけるソフト面における各時の課題、目標を明確にするためのプログラムと言えます。私のリーダーシップの取り方は、Facilitatorタイプでした。これを土台に、海外でチームを自ら率いる、まとめるという経験において、時に自らの主張をFacilitateしながら伝えるということ以外の観点から相手に分かってもらうことの有効さや難しさ、相手によって使い分けるやり方を、その後の経験でより実感しながら学んでくることができたのではないかと感じます。

次に、シカゴブースにおけるリーダーシップを取る役割の「数」について。大学においては、Student Groupや様々なコンペ、カンファレンス等を通じて、恐らく一学年の学生全体の約600人全員がその大きな役割を取る「機会」が提供されており、大学側もそういった役割を各自が取れるような機会を提供する、という明確なスタンスを持っているように感じます。つまり、自ら飛び込めはいくらでもそういった機会はあるということですね。

最後に講義について。関連する授業は色々とありますが、私が受けたJohn Paul Rollert教授のBusiness Ethicsという授業。最初の導入は、「CommunismはCommunism自体に問題があるが、CapitalismはCapitalistが問題だ」、という主張に対するディスカッションから始まり、講義を通じてCapitalismはIdeologyかSystemか、という問いに対し、自分なりの考えを整理するための材料が提供されます。資本主義の始まりに位置づけられるアダムスミス等の西洋思想史からはじまりベンジャミンフランクリン、カーネギー、ビルゲイツ、グリーンスパン、名前はあげませんが世界一の外資金融会社の社長、会長のストーリ等まで幅広く取り上げられ、過去から現在における思想の展開をたどりながら、本当に難しい決断を迫られる際に重要となる、各自のBusiness Ethicsとは何かをそれぞれが追求し続けるための講義です。個人的に、日本人から見たアメリカ人の反応や根本の思想が垣間見えて面白かったというのはありますが、それは別として、改めて過去の歴史、現在の大物から様々な英知、哲学を学びながら、アカデミックにそれを洞察し、その法則を自分の置かれた環境に置き換え思考する日々はなかなか刺激的で、リーダーシップの深い根本に位置する各自の哲学がより整理されていったのではないかと思います。このような講義、ディスカッション形式を通じたLeadership教育は他にもたくさんあります。

以上、ブースでのHard Skill以外の部分での教育環境が少しでも伝われば、と思い個人的に感じたことをお伝えしました。

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